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ルールの中で生きる
体重の目標をクリアし、歩く事がない生活が再開すると、体重はすぐに増えてくる。苦労して落とした500gが1日で戻ってくることもあります。維持するためには適度な運動量が必要なんだと日々の体重とにらめっこする事で分かる。そんな理由で、朝、商店街を散歩していると、新学期が始まり、自転車通学の高校生とすれ違う。そこで目にするのがヘルメットの着用率の悪さ。
かぶりたくない気持ちは、とても分かります。せっかく早起きしてセットした髪がヘルメットによって押さえつけられてしまう、外見を重視する高校生には、たまったものではない。きっと僕が高校生でも、かぶっていない。それならば歩いて通学するかもしれない。ただ、ヘルメットは自転車のカゴに入れられているか、片手で持っているのである。きっと正門付近では、学校の先生が待ち構えている。きっと正門近くになったらかぶるのであろう、その姿勢が、ヘルメットに押しつぶされる髪型以上にダサいと思ってしまう。人が見てないから、良いだろう。人が見てるときはちゃんとしよう。そういう行動は、大人になると見破られてしまう。たかがヘルメットごときで、人が見てないからいいだろう精神が芽生え、一つを許してしまうと、また、今度、いずれ、違った場面でも、人が見てないからいいだろう精神が湧いてきてしまう。
自分にとって、都合のよくないルールかもしれないが、その世界に足を突っ込んでいるならば、その世界のルールには従うべきで、実際にルールを守っている人も存在している。今、塾で学生さんにアルバイトとして協力してもらっているが、仕事ぶりを見て、この先生なら、学生時代にヘルメットをかぶるんだろうな、と感じる先生についてはしっかりと面倒を見てあげたくなる。そんな先生は、当たり前だが気持ちよく働いてくれるし、見ているこちらも気持ちよくなる。決められたルールの中で、生きる事が自分を誠実に成長させてくれ、その姿勢が将来、人から愛される、応援されるようになる。
正門の先生には見えないが、見ている人は見ているのである。そして、正門の先生を相手にだけして生きていても、そこだけはクリアできても他はクリアできないのである。髪型はくずれるかもしれないが、ヘルメットをずっとかぶっていれば、正門問題なんて軽くクリアできる。どのタイミングでかぶろうかなんて考えるだけ時間の無駄でもある。そんな時間がるなら、もっともっと自分の将来を豊かにするための作戦を考えてみた方が有意義である。ただ、ヘルメットをかぶれ、という指導ではなく、違った視点で伝える先生がいてくれてもいいのになあ、と思ってしまう。
そして、ヘルメットを被っていない生徒を見て、そうやって、その場しのぎの対策しかできてないから、公立入試が不合格だったんじゃないのか、と心の中で突っ込んでしまう、性格の悪い僕がいるのである。
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